東京に上京したての荒れ果てた十八歳。
「世界が終わっても俺は一人で笑ってやる。俺以外は皆敵だ!」
誰も寄せ付けない俺がいた。
悪いことを散々やったアパートの部屋。
四十一歳になってもう一度この場所に帰ってみたかった。
汚いアパートの二階。
俺が住んでいた部屋を見上げた。
風呂もない四畳半。
喧嘩ばかりしてバイトをクビになり、金がなくなり、飯が食えなくなる……。そんな生活を繰り返していた。
ガリガリで目だけは鋭い俺の残像があちらこちらに見えて恥ずかしくなった。
二三年前の自分を見つめ直しながらその場所に佇んでいた。
突然、窓が開いた。
十代に見える女の子がピンクの布団を干し出した。
彼女は俺と目が合うと「こんにちは。今日も暑いですね」と声をかけてくれた。
布団を干すのを手伝っている、やはり十代だろうか同棲相手みたいな男の子も言った。
「スキンだから暑くないですか?」
俺は坊主の頭をかきながら、二十三年前にその部屋で暮らしていたことを告げた。
二人は顔を見合わせて笑っている。どうやら俺に興味を持ったようだ。
「お茶でも飲んでみませんか?」
突然の誘いに驚いた。
――この二人は警戒心がないのか?
半信半疑のまま懐かしい部屋に入った。
やはり若いからか、部屋中の装飾は今時だ。
赤が多いのが二十三年前の自分と似ていて笑った。
お茶をすすりながら二人に聞いた。
「いつも知らない人を部屋にあげたりしてるの?」
彼女が首を振った。
「いつもこんなことをしてるわけじゃないんですよ。今日は二人ともテンションあがっちゃってて」
はにかむ彼女は可愛らしい。俺達の様子を伺っていた彼が言った。
「今日妊娠が分かったんです」
聞けば、十八歳同士の二人は、一年前に駆け落ちをして東京に来たらしい。
東京の水が合わないという二人は、友達もいなく、バイト以外は毎日二人で過ごしていたそうだ。
部屋の片隅にあるコンドームの箱を見て、二人の性生活のことを質問してみたくなり尋ねると快く答えてくれた。
彼らはキスをするのが大好きなキスフェチなカップルだ。
エッチの前に一時間以上キスをするという。
東京に友達や知り合いがいないことで、地元にいた時より濃厚なエッチをしていたそうだ。
「――二人しかいない状況が、かえってよかったのかもしれません。キスを長時間してエッチすると、お互いすぐイっちゃうんです」
彼女が照れながらそんなことを言っていたが、妊娠が分かったことで気持ち的に大きな変化があったとも言っていた。
お互いに、自分が親になるということは、どういうことなんだと深く考えたそうだ。
彼女が言った。
「親とは仲が悪かったけど、ちょっとだけ親ってなんだろう?それを考えるきっかけになりました」
俺を部屋に招いてくれたのも、運命の日にたまたま二十三年前のこの部屋に住んでいた先輩と話してみたくなったからだそうだ。
すぐおいとましようと思ったが、会話が盛り上がってしまい、テンションの上がった俺は、近所のうなぎを食べさせてくれる料理屋に二人を誘った。
緊張している二人を見て可愛くなった。
「遠慮するな、いっぱい食え」そう格好つけた俺の財布の中には、今月の生活費しか入ってなかった。
――この金使ったら今月どう生活しよう? そうも考えたが、彼らの子供みたいな笑顔に投資してみたくなった。
「さぁ、食って飲んで妊娠を祝おう!」
お会計十二万。
有り得ない。
調子に乗ってお土産も作って貰ったけど、やっぱ有り得ない。
さすが高級店だ。っていうか、俺が彼らにお小遣いとしてお金を渡したからこんな結果になってしまったんだけどね(笑)
財布には二円だけ残った。
俺に彼女が「大丈夫?」と声をかけてくれた。
安すぎると胸を張って、財布の中にはまだ金が沢山入っているポーズをした。
帰り際、彼が言った。
「工藤さん、無理してお金を使ってくれてありがとうございました。ついつい工藤さんのテンションに煽られて沢山食べて飲んでしまいました。でも俺たちやっぱり親に許してもらう為に一度田舎に帰ろうかと思いました。工藤さんがトイレに行っている時彼女と話したんです」
どうやら、俺が作家で金持ちだと言っていた嘘はバレていたようだ。
彼は口籠っている俺に言葉を続けた。
「自分の身を犠牲にしてまで無償の愛を捧げるのが親だと思って。酒しか飲まず俺たちを温かく見つめていた工藤さんが親に見えたんです」
私もそう感じたと、彼女が会話に入ってきた。
「ぶっちゃけ、工藤さんダサいよ。金持ちがするファッションじゃないし、お会計の時もドキドキしてたじゃん。でもそんな姿を見て、私たちの親もそんなことしてくれてたんじゃないかって思ったの。妊娠が分かってそう思うのもどうだけど」
二人の顔を見ていると泣けてきた。彼女にテッシュをもらい鼻を噛んだ。そして、正直に自分の気持ちを伝えようと思った。
「正直俺は借金も沢山あるし貧乏作家だ。でも、肩書きはどうでもいいんだ。俺は人間のプロになりたいから。今日あのアパートに行ったのは、自分の原点を知りたかったんだ。俺って何だろう?って。でも、貴方たちとこんなに長い時間過ごして俺は分かったよ」
二人はキョトンとしている。
彼が聞いた。
「何を分かったんですか?」
「俺はアホだったってことだわ。金もないのに十二万も今日使ってしもうた。でも俺に最高のプレゼントをくれた。それはね、お金に変えられないもの。今をキラキラ生きている姿を見せてくれたじゃん?最高の映画を見た気分なんだよ。そのチケットが十二万だっただけ。安いチケット代だよ。ありがとう」
三人で抱き合ってありがとうを連呼し合いながら別れた。
※
自転車でも飲酒運転になるから、チャリを押しながら帰った。
じっとチャリを見つめると、どうもいつも俺を運んでくれているこいつが愛おしくなってしまった。
――いつも俺を運んでくれてありがとうな。たまには、俺がお前を運んでやるよ。
チャリを担いで歩いていると、検問している警察官に止められた。
俺は今日の感動を手振り身振り警察官に話した。
警察官は言った。
「福島の母ちゃんに電話してみたくなりました」
警察官のほっぺにチューをした。
手を振って彼と別れて、またチャリを担いだ。
――さぁ、チャリ。今日は俺がチャリだ。お前を担いで帰るから、明日からまた俺を乗せて風を感じさせてくれ。
偽善も遣り切れば真実だ。
周りに迷惑かけずに、真面目にメチャクチャやる。
俺が作った工藤節と呼ばれる言葉だ。
それが頭の中でグルグル回った。
どうやら、今日は自分がいい人だという――いい人コスプレをしたかったみたい(笑)

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