昨日の話。
東京は21時ぐらいに雨が降り出した。
仕事が終わったのが21時。傘を差して家路を急いだ。
嫁に頼まれた食材を買い物して家に帰る。
「お帰り」彼女が出迎えてくれる。「メングどうしたの?傘持って行ったでしょ?」
朝、今日の天気予報をテレビで一緒に彼女と見ていて、夜に雨が降ることは知っていた。いつものように俺が仕事に出かけるのを見送った彼女は、傘を持っていたのを見ていた。不思議に思って聞いてきたのだ。
「駅までは傘を差して帰ってきたんだよ」ポケットからハンカチを出してダウンジャケットを拭く。
「駅まで傘を持って帰ってきたのに、何でこんなにびちょびちょなの?」彼女がタオルを持ってきて俺の頭を拭いてくれた。
「駅の階段をつらそうに降りてるお婆ちゃんがいてさ、傘あげちゃったんだよ」
「それで濡れて帰ってきたの?」
「うん。そのお婆ちゃんがさ、傘あげたらすごく感謝してくれて、こっちも気分よくなっちゃった」
「悪い人がいい人演じたんだ?」
「うるせーよ。でも笑っちゃったのが、駅の前にバスのロータリーがあるだろ?お婆ちゃんすぐバス乗っちゃってさ、傘差さずに帰ったんだよ。うそ~んって感じでさ。近くにいたサラリーマンや高校生風な制服着た女の子に苦笑されて、軽くすべった感じだったよ」
俺の話し方が面白かったのか、彼女は手を叩いて笑っている。ベットルームでスエットに着替えてリビングに戻ると、彼女が考え事をしている。
「なぁ、どうした?」
「デジャブなんだけど」そう言った彼女は顎に指を当て目の玉を上に向けた。思い出したことがあると言われ、キムチチゲを食べる手を止めた。
「ねぇ、昔にメングがやったこと覚えてない?中野坂上でお婆さんおんぶして駅まで行ったことあるじゃん」
彼女に言われて思い出した。そうだ。確かに似たような状況があった。
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触れ合いレポート「ばばぁ」2008年10月20日
雨が降っていた。
いつもの朝までバイトした帰り道。
大久保から、中野坂上までの距離はかなりある。
雨が激しさを増してきた。
目の前には、有り得ないだろうというぐらいの腰の曲がったお婆さん。
傘もささずに、一歩、一歩、大地を踏みしめ険しい顔をしながら歩いていた。
徐々に近づく俺は、こんなことを思った。
――こんな状況じゃ、傘を差し出すのが常識だろうな。でも、劇団の舞台公演前で風邪引きたくないしな。それにしてもばばぁになると、あんなに腰が曲がるんだな。
礼儀として声をかけないわけにもいかないと思った俺は、彼女に、「よかったら一緒入りませんか?」と声をかけた。
多分、しぶしぶ俺が傘を差し出したのを察したのだろう。彼女は俺の目を見ながらこう言った。
「偽善者の力は借りん」
驚いた。だが彼女の言う通りだ。
――こんなばばぁと駅まで歩いて帰ったら何十分かかるかわからない。
正直傘だけ差しだしたら走って帰りたかった。
その気持ちを見透かされた気がした。
俺は天邪鬼だ。
偽善者と言われたら、その偽善っぷりを最大限見せたくなる。
――よし。じゃ俺の偽善っぷりを見せてやるよ。
持っている傘をぶっ壊して、彼女の前でしゃがむ。「おい、ばばぁ、乗れ」
「あほか!お前傘を作る職人さんに申し訳ないがな。ほんにアホじゃの」
「婆さん岡山出身か?」
「広島じゃ」
「ほんに?わしは岡山じゃで」
「ほーか」
「つーか、早くおんぶさせろよ。ほら」
俺が被っているニットキャップを彼女に被らせ、強引におんぶをして駅までの道のりを急いだ。
周りから見れば遭難者だ。
でも俺達は、お互いの体温を感じ合いながら進んだ。
途中にあった交番で、若いお巡りさんが不思議そうに俺達に質問をした。
「どうしたんですか?」
彼女が言った。
「邪魔すんな。わしの息子におぶってもらって駅までいきょるんじゃ」
彼女はニットキャップを深く被り俺を急かす。
ギュッとしがみ付く彼女は俺の子供のようだ。
お巡りさんが、「傘があるので貸しましょうか?」と申し出てくれたのに、彼女はそれを拒否した。何でと聞くと、「傘があったら、お前に乗れんからな」と言われた。
――やれやれ、困った婆さんだ。
駅が目前になってきた。
「ほら、びちょびちょになっとるけん、はよう風呂入って寝なよ」彼女を降ろしハンカチで白髪頭を拭いてあげていると、手を掴まれた。よぼよぼの婆さんなのに力強い。
細い目を見開いた彼女は、真剣な顔で言う。
「うちの娘の婿になれや」
「娘って何歳なん?わし40歳で?」
「出戻りの娘でもよかったら、結婚してや」
「むちゃ言うなや。わし韓国に恋人おるし」
「そうか……。」
残念そうにしている彼女に聞いた。
「何でわしを婿になってって言ったん?」
「じゃって、娘の婿になったらいつも会えるがな」しおらしく俺を見る彼女は乙女のようだ。
「婆さんわしに惚れたんか?」冗談で言うと、彼女は、「愛に歳の差はないで」と髪をかき上げる仕草をしてウインクをした。
「お前じゃったら、娘も幸せになれると思っての。今日はありがとな」彼女はお辞儀をして去っていった。
彼女の後姿を見ながら思った。
――今度田舎に帰ったら、おかんをおんぶして歩いてみたいな。
体は冷えてしまったが、心は温かくなった出来事だった。
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「今回は傘あげただけで済んでよかったじゃん。前はその後風邪引いて大変だったんでしょ?」彼女が聞いてくる。
「マジでやばかったよ。どうにか舞台公演はできたけどな。でも死ぬかと思った」
風呂に入り、ベットルームに行くと、彼女が運動をしている。
「ダイエットの運動でもしてるのか?」俺の質問に違うと彼女が言った。
「17歳も年上のメングと結婚したんだから、いつか私よりも先に足が動かなくなるかもしれないでしょ?私がおんぶしてあげなきゃいけないから、今のうちから体鍛えておこうと思って」
声を出しながら、ヒンズースクワットを続ける彼女を見て思った。
俺が選んだ嫁は、こいつで間違いなかったと。

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