バイトが終わる間際、嫁から電話がかかってくる。
「オンニが韓国から帰ってきたんだけど、ケンニパリとコチュカルくれたよ」
「マジで!」喜ぶ俺の声で彼女も嬉しそうに笑っている。
――ケンニパリとはゴマの葉の辛味噌漬け。コチュカルは韓国の唐辛子。日本でいえば一味唐辛子に似たものだが、日本の唐辛子よりも辛くなく、甘みがあるのが特徴。ちなみに、オンニとはお姉さんという韓国語。
俺と同じ歳のオンニは韓国でネイルを広げた先駆者だ。今は日本で店をしようと準備をしている彼女は、大そう嫁を可愛がってくれている。
俺もオンニと会ったことがあるが、彼女はイケイケだった自分の若い頃を思い出しているのか、まるで母のように嫁を見つめていたのが印象的だった。
嫁と電車を乗り継ぎ自宅に戻り、お互い仕事も休みな明日の朝食、――正確にいえば昼食になるが。何を食べようかと冷蔵庫を開けて二人で献立を考える。
今日もらったケンニパリに、キムチチゲ、チャンジャというタラの辛味噌和え、俺の田舎から送ってもらった干し肉があるから、それを軽くフライパンで炒めて食べようと告げると、彼女が、明日も韓国料理がメインでいいのかと訝る。
最近、彼女は自分が日本料理を作れないことに悩んでいるようだ。日本人の俺に毎日韓国料理でいいのだろうかと、彼女なりに気遣ってくれているみたいだ。
結婚をして1年と半年、二人で仕事の休みを合わせて毎回韓国料理ばかり食べていた。たまに外で食事するときも韓国料理の店に行く。このことで、俺が無理をしているのではないかと思ったのだろう。
「俺は韓国料理が好きなんだから、別に気にするなよ」彼女の肩を抱いてそう言うが、「この先何十年も韓国料理だけじゃ可哀想」と項垂れる。
「この前、お前が作った日本料理の完成系を食べさせてもらったじゃん」俺の言葉に彼女の表情もほぐれる。
「確かに、この前は大成功だったよね」
彼女は何度か俺が作ってあげたブリの照り焼きを食べて、自分でもそれが作れないかと挑戦していた。
まぁ、簡単に作れるものではあるが、ニンニクを沢山使う俺の焼き方を真似していた彼女は、何度か皮やニンニクを焦がしてしまっていた。
それが、この前食べたときは完璧に仕上がっていたのだ。
「メングが料理は愛情だって誰かの真似して言ってたけど、ほんとそうだったんだね。何年か前に厚揚げを焼いてポン酢と生姜と鰹節で食べさせてくれたじゃん。あれ、マジに美味しかった。そのとき何で美味しいのか尋ねたら、メングは何言ったのか覚えてる?」
――いつの話だ。劇団の相方と住んでた中野新橋時代か?
「それって、付き合う前の話じゃない?」俺の問いかけに彼女が頷く。「俺が何言った?」とさらに続ける。
「――四角いこの厚揚げを、何度も裏返して六面に焼きを入れる。それは、お前に美味しく食べてもらいたいからなんだ。そう言ってた」
「あぁ、思い出した。夏の日だろ?あの日は暑かったよな。厚揚げは面倒なんだよ。でも、汗かきながらじっくり焼いてあげたら、お前が美味しそうに食ってくれた。懐かしいな」
「私、男に料理作って食べさせてもらったこともなかったから、すごく感動したのを覚えてる。カレーも美味しかったし」
「あれも時間かかったな。でも、作る工程をお前に見せるのも楽しかった」
「私がブリの照り焼きを完成させたのは、手間暇かけたからだよ。美味しく食べて欲しいと思って、焦げないようにブリから離れないでじっくり焼いたの。メングから得た料理に対する姿勢かな」
料理に対する姿勢とは、大袈裟な言い方だ。だが彼女は続けて言う。「メングが私に対してもそうじゃん。いつも傍にいて、私のことを応援してくれるでしょ?私、メングが料理を作っていた後ろ姿を見て、いいなって思ったんだよ」
「それで結婚してもいいと思ったのか?」
「それだけじゃないけど」
肩すかしな言葉だ。だが、褒められるのは嬉しい。
「お前が作ってくれた鰤の照り焼きな、ふっくらしてて口に入れた途端に香りが広がって、本当に美味しかった。お前が時間をかけて作ってくれたんだという思いもプラスされて、最高傑作になってた。おい、この先お前が日本料理を作りたいと思ったら作ればいいんじゃない?無理しなくていいから」
ありがとうと言う彼女は、「明日も朝から小説書くでしょ?じゃ、今のうちに明日食べる物作っとくね」と腕まくりをしてキッチンに立った。
1時間後。
こうしてリビングで作品を書くのは楽しい。
俺の背後には彼女がキッチンに立ち、鼻歌交じりで料理を作ってくれている。
4畳ぐらいの狭いリビングは、俺にとっては創作意欲がわく空間だ。
そこには、必ず命懸けで守りたい彼女がいる。

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