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アラタコウ(工藤興市・くどうこういち)のブログ

国際結婚シリーズ、エッセイ、イベント関連、小説を載せています(^O^)

【リクエスト】文藝春秋より出版したエッセイ「病気が教えてくれたこと」俺の提供作品・神様のきまぐれ・原文

 俺が働いた特別養護老人ホームは、認知症、障害者の方(目が見えない、半身不随)など様々な方がいた。

 最高100何歳のお年寄りもいたわけ。

 一作目のエッセイでもその時のことは書いたけど、初日に2階のホールをエレベーターから降りたときに、帰ろうと思ったわけさ。

 だって、70人近くのお年寄りが車椅子で、センターのホールで食事をとろうとしてたのね。

 俺はスキンヘッドにしてるから、認知症の方はお迎えが来たと思って俺見て祈るわけよ。

 ボケることもよく分かってないし、無理やり介護の世界に自分が勉強したいだけで入らせてもらったから、正直ビビった。

 だってすごい世界なんだもん。

 他人の沢山ある入れ歯を初めて洗った。

 目の前でウンコをしているポータブルトイレを回収した。

 ドアは暗証番号でロックされていて、その解除番号を押さないと、部屋を行き来できなかった。

 大人数のエプロンを、見たこともない大きな洗濯機や、乾燥機で洗ったり干したりした。

 朝各お年寄りがいる部屋を回っている時(洗顔介助というのがあって、オシボリで顔を拭いて回る作業があるのだ)重度の認知症の方にいきなり殴られた。

 特に驚いたのは、深夜徘徊する重度の認知症の方が、人形を持ちながら、深夜叫び回って歩いている光景に出くわした時だ。

 その方は女性で、旦那さんはちゃんとされた方だったんだけど、奥さんは壁にウンコを塗りたくり、裸で町内を歩き回るなど、手におえない状況だったらしい。

 結婚して60年。旦那さんは何年も介護していたそうだ。

 たった一人の人を愛した旦那さんには、断腸の思いの選択が老人ホームだったんだろう。だって離れたくないのは、訪問の回数や奥さんに接する態度で分かった。

 その目だ。奥さんを見つめる目。ボケた奥さんは、何を見ているのか分からない。

 でも旦那さんは、禿げた頭で、ずれた老眼鏡を直しもせず、いつも優しい目で、奥さんだけを見ていた。

 でも奥さんはどうだろう? 旦那さんの記憶はないのだ。脳に残る記憶。

 それは、初恋の人だったから……。

 深夜徘徊していた人形を持った奥さんは、初恋の人の名前を叫びながら歩き続けていたんだ。それに気付いたのは、かなり後だったんだけど。

 それを承知で、旦那さんはボケた奥さんのその初恋の人を何年も演じてたことを職員さんに聞いた時は、地下の休憩室で泣いたよ。そんな愛なんか初めてだったから。

 それから2ヶ月ぐらい経った時に、俺は真の愛を見たんだよ。

 朝の洗顔介助をしていた時、たまたまその旦那さんが来ていて、いつもの様に暴れまわる奥さんを見ていた。

 オシボリを振り回し、初恋の人の名前を呼ぶいつもの光景だ。

「こら、暴れちゃいかんよ」

「○○さーん!」

「ほら、職員さんに迷惑かかるから」

「○○さん!何で特攻したの?零戦!零戦!」

「ちょと待って、今ここにいるよ?俺は○○だからね?」

 とても見ていられなかった。酷すぎる。

――何で奥さんの初恋の人を演じなきゃなんないわけ?

 俺は、怒りにも似た感情でそのやり取りを見ていた。

 その時だった。泣きながらよだれを垂らした奥さんが、突然優しい目をして、旦那さんのずれた老眼鏡を外して、優しく右手に握っていたそのオシボリで、顔を拭き始めたんだ。

「ありがとうよ。今までね。ありがとうよ。ごめんよ。私ようわからんね。寅蔵さんにお世話になったのに、ようわからんね」

 寅蔵は、旦那さんの名前だ。その場にいた誰もが無言で寅蔵さんを見つめていた。

 寅蔵さんが何言ったと思う? 泣いている奥さんに向かってこう言ったんだよ。

「わしもようわからんから大丈夫だよ」

 現場にいた職員さんも認知症じゃないお年よりも、いつもトイレットペーパーを配達に来る業者さんも、入居者のご家族も、ボランティアのスタッフも、皆が涙した。

 だって、他人の名前じゃなく、旦那さんが呼んで欲しかったのは、絶対自分の名前だったはず。それを現場全ての人間が分かっていたからだ。

 何年もかかったかもしれないけど、たったひと時の神様の気まぐれかもしれないけど、自分の名前を呼んでくれたその喜び。啜り泣きや嗚咽や声を出しての皆の涙は、とても清かった。

 俺も声を出して泣いたんだ。自分でもびっくりするぐらい泣いたんだ。心の底から泣いたんだ。

 あの時の旦那さんの顔は今でも忘れない。

 綺麗な、皺くちゃな笑顔だった。


※アステラス製薬のウェブサイトの掲載はこちら↓

http://www.astellas.com/jp/corporate/brand/essay/kokoro/essay/57.html


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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

【コンプレックスを越えて、 第60話】※反響が多かった作品・ベストセレクション

朝。バイトに行くのに電車を待つ俺は、ホームの反対側にいる親子に目がいった。シルバーの杖を両手に持ったお母さんは両足が有り得ないぐらい曲がっていた。そのお母さんを気遣う帽子を被って、ランドセルを背負った小学生の少女。見た感じ小学2、3年ぐらいだろうか。

 しかし、お母さんはどうして車椅子で移動しないのだろう?

 杖を使っても、とても歩くという感じには見えない。ズルズル足を引きずって、白いスニーカーのサイドが削れて黒ずんでいた。

 失礼だけど車椅子の方がいいんじゃないかな――勝手にそんなことを思いながら彼女らを眺めていた。

 それにしてもあの少女は、お母さんを気遣い一歩、一歩をゆっくり歩いている。俺は早歩きだから、あんな歩調で歩いていたら、自分が苛々しちゃうかもしれない。嫁と歩いていても、早く歩きすぎて「全然優しくない」そんなことを言われて怒られるぐらいだから。

 お母さんが止まっちゃった。杖が肘に引っかかってつらそうだ。もしかして、いつもは車椅子なのに、今日は杖で来たって感じなのかな?

 子供も心配してお母さんに声をかけている。

 駅員はいないのか? 周りを見回すが、都内でもローカルな駅だし、こんな朝早くにはホームにいないようだ。

 今日はたまたま朝早くバイトに行こうと出かけたし、出勤時間まで余裕である。お節介かもしれないけど、回り込んで声をかけてみよう。階段をダッシュで上り、反対側の階段に下りた。

「向こうで電車を待ってた者ですけど、歩くのつらいんじゃないんですか?よかったら何かお手伝いしましょうか?」

「ありがとうございます。もう電車も来るので大丈夫ですよ」

「電光掲示板の案内見たら、信号機の故障で電車も遅れてるって書いてましたよ。あっちに長椅子もあるし、座ったらどうですか?」

「いいえ、気にしないで下さい」

「俺バイトに行く途中なんですけど、いつもより早く出たから時間はいっぱいあるんです。だから、俺を利用しちゃって下さい」

「優しい方なんですね」

「いいえ、ただの偽善者ですよ。でも、偽善も遣り切れば真実だって思ってますから。それを心情にして生きてるんですよ。あ、よかったら俺の背中に乗りますか?」

 膝を崩し、おんぶをする形になった俺に笑う彼女。

「今まで私に気遣ってくれて、声をかけてくれた方々はいっぱいいたけど、おんぶしようとした人は始めてです」

 聞けば、お子さんがしょうがい者のお母さんがいるということで、学校で苛められていたそうだ。

 いつもは車椅子らしいが、ここ最近(一ヶ月)娘さんについていき、校門の前まで見送って帰る生活を送っているらしい。

 先生に挨拶をし、手を振って娘さんに行ってらっしゃいと声をかけ、後姿を見送る毎日。

 始めはその様子を馬鹿にしていたいじめっ子達に変化があったのは一週間前だそうだ。

「お前の母ちゃんすごくね?」

 いじめっ子のリーダーがそう言い出したんだと。

 汗を掻きながらでも最高の笑顔をして娘を見送る彼女。彼女はいじめっ子のリーダーにも、その仲間にも行ってらっしゃいと声をかけ続けたらしい。自分の娘がいじめられてるのに、どうしてそんなことをしたのか聞いてみた。

「始めはいじめっ子を睨んだこともあったんですけど、そのいじめっ子のリーダーに親がいなくて、お爺さんに育てられてるって聞いてね、何だか可哀想に思えてきちゃったんです」

 いじめっ子達は、家庭環境が複雑だったり、虐待された経験がある子供達の集団だったらしい。先生に色々聞き、わざわざそのいじめっ子達の家にまで行って家庭環境を調べ上げた彼女は、自分の娘をいじめる子供達にも縁を感じたそうだ。

「失礼ですけど、肘とか痣だらけだし、足も靴下の中はすごいことになってるんじゃないんですか?ちょっと血が滲んでるのが見えますよ」

「いいの。私の傷が皆の元気になれば。それでいいの。だってね、この子が最近笑うようになったから」

「お子さんがいじめられることがなくなったからですか?」

「そうかもしれないけど、お母さんってすごく優しいんだねって言って私の傍を離れないんですよ。前はしょうがいがあることで私を避けてたのに。お母さんと歩くのは恥ずかしいから嫌だって泣いてたのに。私、これからも校門の前でいじめっ子だった彼らにだけじゃなく、皆に行ってらっしゃいって笑顔で言おうと思うんです。その為に、もっとちゃんと歩けるように筋肉つけなきゃね」
 
 電車が来た。扉の向こうに行った彼女は振り返りこう言った。

「行ってらっしゃい」

 彼女を見つめて微笑む娘さん。

 そんなに混んでもいないのに、座席に座らない彼女。

 俺が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。

 俺、泣いちゃった。猛烈に感動しちゃった。今までこんなに、行ってらっしゃいという言葉の意味を深く考えたこともなかったから。

 彼女の行ってらっしゃいには、菩薩のような包み込む優しさを感じた。無条件で受け入れる感じかな。目がやばかった。

 相手を思う言葉には、やっぱり言霊が宿るんだと実感して、感動は一日中続いたぐらい。

 また彼女らに会ったら、今度は俺から最高の笑顔で言いたい。


「行ってらっしゃい」


 彼女に最高の笑顔で言えるように日々精進しなきゃ。


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【コンプレックスを越えて、 第62話】※反響が多かった作品・ベストセレクション

 居酒屋は俺に取ってはかっこうのエッセイのネタの宝庫だ。特にお年寄りが集まる居酒屋にはちょくちょく顔を出す。


 先日、カウンターによぼよぼの爺さん2人が肩を並べて酒を飲んでいるのを目撃した。少し離れたテーブルに座っている俺は、真剣に話し合っている爺さんの会話が気になった。

「俺も来年78歳だから、政界にデビューしたいんだよ」

 頭の禿げた爺さんが焼酎のロックをぐびっと飲みボーボーの眉毛を触る。

「わしも来年80歳だから、みっちゃんにプロポーズしたいんだよ」

 メガネをかけた白髪の爺さんが入れ歯を直す。

 聞き間違いをしたのかと思った。だって、政界にデビューって政治家ってことだし、80歳でプロポーズって分けわかんない。その後も、2人は自分の夢を延々と語り続けていた。

 声をかけて話を聞きたかったが、二人の熱い語り合いを邪魔するのも悪いと思い、黙ったまま耳を傾けた。2人がお会計をしたので、チャンスだと思い店先の階段の前で話し掛けた。

「いきなりごめんなさいね。実はお2人が夢の話をしているのを近くで聞いていたんですけど、あまりにも熱い語り合いに驚いてしまって、ずっと盗み聞きしていたんです。あの話って本当ですか?」

 頭の禿げた爺さんが振り返りきょとんとしている。

「酒飲んで嘘話しても仕方ないだろ~が」

「でも、政治家になるって無理でしょ?失礼かもしれないけど、すごくお金持ちにも見えないし。それに年金暮らしでボロアパートに住んでるって言ってたじゃないですか?それでどうやって政治家になるんですか?」

「はぁ、これだから今時の若い者は夢がないって言われるんだよ」

「若いっていってももう42歳ですけど」

「俺の半分の歳じゃね~かよ。お前な、夢は何歳になっても持つものなんだよ。それが男ってもんだろ~が」

「そりゃそうですけど」

 頭を掻いている俺にメガネをかけた白髪の爺さんがピースサインをする。彼の話が終わると同時に、頭の禿げた爺さんが前のめりで俺に向かって歩み寄った。

「わしは今まで独身だったけど、去年やっとこれから生きていきたいって思える女性に出会ったんだよ。だから、結婚申し込んで幸せな家庭を築きたいんだ。いや~こんな歳でも子供ができたりして。ガハハハハ」

「貴方も貧乏だって話してたじゃないですか?それに申し訳ないんですけど、肺癌が再発したってさっき聞こえましたけど」

「癌のせいにして、自分のやりたいこと否定したら、人間で産まれた意味がないでしょ?」

「まぁ、そうですね」

「あんたも若いんだから、自分の好きなことやった方がいいよ」

「はい、頑張ります」

 肩を組んで千鳥足で歩いていく2人は、街灯の光りに照らされてまるで踊っているみたいだった。軽く良いミュージカルを見た感じ。

 酒の勢いだけで話しているとは思えない本気の目の2人。

 はぁ、すげ~。

 俺もあの歳になっても夢を見続ける人間でいたいと思った。



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【コンプレックスを越えて、 第115話】※反響が多かった作品・ベストセレクション

 深夜コンビニで買い物した俺は、狭い道を歩いていた。

 前方から自転車に乗っている若い男がきた。

 蛇行運転をしている彼に恐怖を覚える。

――こいつ酔ってるのか?

 彼が近づくにつれ、じょじょに街灯に照らされた顔を確認することができた。

 耳から白い線が胸に向かって伸びている。どうやら音楽を聞いて自転車を運転しているみたいだ。  

 狭い道では彼の蛇行運転を避けるのが難しい。

 俺は身構えた。

 右に行けばいいのか?

 左に行けばいいのか?

 彼との合間を計る。

 そんな俺の気持ちをよそに、彼は暗闇の中を歩いている俺に気付かないのか、歌いながら俺まで近づいてきた。

 自転車のかごを右手で押さえ、買い物袋を掲げて言った。

「俺はどうすればいいの?」

 驚く彼に言葉を浴びせる。

「あのさ、何があっての今日なのか分からないけど、こんな狭い道で自分の歌に酔って蛇行運転するのはどうなのかな?歌いたかったら公園とかで歌えばいいじゃん。俺はもう少しで轢かれるとこだったんだよ?」

 すいませんと謝る彼は、悪い人じゃないように見える。目が綺麗だったのだ。

「酒臭いけど、酔っぱらってるの?」彼に聞けば、酔っていると言われた。

「何で酔ってるの?」

「昨日、歌手になれるかもしれないオーディション受けたんですけど、予選で落ちちゃって、軽く自暴自棄になってたんです。すいません」

「あのさ、酔ってるんだよね?それであの歌い方なの?全然俺の心に響かなかったんだけど」

 俺の言葉が理解できないのか、目を見開いた彼は言葉を失っていた。

「俺も芸事やって生きてる人間だから、歌手の友達もいたりするけど、あなたの歌には心がないよ。どうせ酔ってるなら、あなたの歌に聞き惚れちゃって避けるのを忘れて轢かれたかったよ」

 俺の言葉で彼が笑う。「面白いこと言いますよね」

「今歌ってたのって、コブクロの蕾じゃん。あれって自分のお母さんが亡くなるときのことをモチーフに作ったって聞いたことがある。作った人がそんな思いでいるのに、歌い手が適当に歌っちゃダメじゃない?ねぇ、この先に公園あるじゃん。そこで歌詞を噛み締めて歌ってみてよ。俺にも伝わらないのに世界に伝わらないと思う。どう?やってみない?」

「世界か……」考えるような顔をした彼は、歌ってみたいと言った。

 彼と公園に行き歌を聞いた。

「さっきよりは心に届くけど、技に頼ってない?歌って上手さもあるけど生き様でしょ?」

 ムカつくと言った彼がまた歌う。

「俺は昔、新宿の路上で手話で歌っている女性を見たことあるんだけど、彼女は立ち止まった人達を泣かしてたよ。だってすごかったんだもん。声が出ないから奇声を発してるだけだったんだけど、手の動きや表情を見てたらマックスで自分が歌が好きだから路上に立ってるんだっていう気持ちが見えたんだよ。それと比べたらあなたの歌は何かが足らないんだよね。艶かな」

「艶ってなんですか?」

「セクシーさだよ」

 首を傾げる彼に言う。

「自分が経験してきたことが声に出てないってこと。表現者ってその人の個性がモロに出るものだと思うんだよね。だいたい、歌って女を口説く道具だったりしない?自然界で雌の前で表現する雄って子孫残したいから一生懸命になるじゃん。セミなんて二週間泣き続けて雌を探すんだよ?クジャクだって綺麗な模様の羽を広げて雌にアピールするじゃん。そう考えたらセクシーじゃないんだよね。俺が女ならこの歌聞いて抱かれたいって思わないもん。ちょっと裸になってみ」

「何で裸にならなきゃならないんですか?」

「人間、裸で産まれたでしょ」

 ベンチに座っていた俺は、先に裸になった。「俺は裸になってあなたの歌を聞きます。これはあなたの歌を全身全霊受け止めるっていう俺の誠意です。何回かあなたの歌を聞いて感じたんだけど、余計なものが多すぎるんだよね」

「余計なものって何ですか?」

「イケメンだし、髪型も決まってる。それにファッションセンスもいいと思う。でもさ、さっき話したあの新宿にいた子は、一心不乱に歌ってたんだよね。もう自分の世界に入っちゃってね。でもあなたはどうだろう?風が吹いたら髪型を気にしたり、人が通れば目でチラチラ見たり。それっておかしくない?」

「すいません。意味が分かりません」

「あなたが歌を伝えたいのは誰なの?俺?それとも心にいる他の人?その伝えたい対象が見えないから軸がぶれた歌になってるんじゃないの?俺は裸のままここにいたら、誰かに通報されて警察に捕まるかもしれない。お願いだから、最後に一曲俺の為だけに歌ってくれない?」

 ベンチから立ち上がり、彼に深く一礼をした。



「そっちはどうよ?」俺の言葉にアキオは「慣れない土地でけっこう大変です」と答えた。

 あの公園での出会いから三年。彼は歌手の夢を諦め地元の青森に帰った。

 歌手は趣味にして、たまにライブをやったりして楽しみたいと言っている。

 まだ彼は二三歳だ。人生の修正はいくらでもきく。

 今でも彼は俺との変な出会いのことを電話で話したりする。

「俺が都内で得たものはそんないないけど、工藤さんとのあの出会いを思い出して頑張っていけそうです」

 彼は恋人に子供ができたことで結婚をし、彼女の実家の婿養子に入った。

 彼女の実家は古くから事業をしている家庭だそうだ。

 この前彼と話したときに意地悪な質問をしてみた。

「なぁ、今は誰の為に歌ってるんだよ?」

「もちろん、俺の家族の為ですよ」

 即答した彼の語気の強さは、とても心地よい音だった。



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【コンプレックスを越えて、 第74話】※反響が多かった作品・ベストセレクション

 渋谷南口のモヤイ像前で、制服を着た中学生の女の子とチンピラが口喧嘩をしていた。

「いい加減にしたらどうですか?震災や台風で同じ民族が沢山亡くなった今年ですよ?命の大切さは間接的でもリアルに実感したでしょ?日本人として恥ずかしくないんですか?」

「お前、マジで殺すぞ!拉致っちゃうぞ!仲間呼んでるからよ、皆で廻して誰の子か分かんないように妊娠させてやるよ!」

 通り過ぎようとしたが、尋常じゃない会話だ。足を止めて男を見てみると、かなりヤバそうな感じだ。

 フラミンゴみたいなピンクの頭に、黒いダボダボのジャージの上下。金の太いネックレスにブレスレット。白いTシャツの首から刺青も覗いている。左右の指には大きな指輪がいくつもしてあり、右手を高く上げて殴る仕草をして威嚇している。

 中学生の周りには助けようとしている人はいない。皆遠巻きに見て見ぬ振りだ。

 かなり離れた場所で、彼女を見て笑っている大学生の男の集団が、我関せずといった表情で合コンの話で盛り上がっている。

 ぶっちゃけ、俺も首を突っ込んだらヤバイことに巻き込まれるかもしれないと思った。通り過ぎればそれでいいのかもしれなかったが、どうしても気になったことがあった。

 それは、彼女のあの言葉だ。

「――日本人として恥ずかしくないんですか?」

 一旦は通り過ぎたが、足を止め背中越しに彼女の声を聞く。

「貴方がお年寄りにぶつかって転ばせたのに、謝りもしなかったことに苛立ちを覚えたんです。その態度はお年寄りに失礼ではないかと意見を申し上げただけです。それをそんなにキレて私をレイプするなんて酷いことを言うのが理解ができません。私は間違ったことを言ったのでしょうか?説明して下さい」

 剣道部なのか、竹刀を袋に入れている彼女は、真っ直ぐチンピラを見つめてそう言っていた。

「てめ~!ガキの癖に理屈ばっか言ってんじゃね~よ!もうすぐ仲間がくっからさ、仲間のマンションで死ぬまで監禁してやるよ!」

 彼女を気遣う人達もいっぱいいるが、チンピラが怖くて喧嘩の仲裁に入れないようだ。

 だんだん苛々してきた。どう考えても彼女に非はない。この男、自分が文句あるとか言うんじゃなくて、ずっと仲間が来るとか言ってる。くそかっこ悪い。自分の喧嘩に他人は関係ないだろ。

 ゆっくり振り返る。その男の前に行き、シャツを脱いで胸に彫っている嫁の名前の刺青を見せた。

「何かさ、中学生の女をレイプするとか仲間と監禁するとか、美がないこと言ってんじゃね~よ。おい、俺はな、嫁の名前を心臓の上に刺青してんだけど、お前の首から覗いてるその刺青ってどんな意味があんだよ?己の生き様を背負った刺青なのか?」

「おっさんいきなり何だよ!お前マジで殺すぞ!」

「お~殺してくれるんだ。ちょうどよかった、俺今日自殺しようかと思ってたんだよね。どう殺してくれる?俺も監禁して犯してくれるのかな?悪いけど、俺は男とエッチするのも好きなバイだから、掘ったり、掘られたりで朝まで燃えるかも。お前はお尻アリ?」

 ウインクして舌を出し男に近寄ると、今にも殴りかかりそうな勢いだ。俺は、殴られやすいように首を傾げて左頬を差し出した。

「一発で俺を殺さなかったら、俺がお前を殺すぞ」

 まぁ、そんな行動ができたのは、彼の目を見てチキンな男だって判断できたからなんだけどね。多分だけど、こいつは中途パンパな奴だと思った。だって携帯見たら通話になってないんだもん。中学生に注意されて戸惑って上から物を言って自分自身を正当化していただけだ。でも、この喧嘩どっちも引っ込みがつかないから、下手したら男が暴走を始めるかもしれない。決着は早い段階でしなきゃ。

 正直俺がびびってるのはこの彼女の方だ。彼女の正面に立って目を見たら、武士みたいな目をしてた。竹刀かと思ったあの袋の中に真剣の日本刀が入ってるんじゃないかと思うぐらい、切りかかりそうな目をしてて、すごく怖かったのだ。

――どうしよう。この先どうすれば喧嘩を収めることができるんだ?

「どうですか!皆さん!俺のち●ぽを見たいですか!」

 チンピラそっちのけで、大衆をこっちに引き寄せようとした。

「この怖い男が少女を苛めているので、俺はふるちんになって人間打楽器をしようかと思うんです。見たいですか?」

 ジーパンを脱いでもう準備している俺に、男は恐怖を感じた目をしていた。精神的におかしいおっさんだと思ったんだろう。俺的には間が稼げるならそれでいいけど。

 パントマイムを駆使してちんぽが伸びるという、俺の持ちネタをし、今までの状況も分からず興味本位で集まった人垣に、男の悪行を晒し者にして意見を求めた。喧嘩の初めから見ていた者が、新しく集まった人達にその状況を伝え、イケイケの女性やサラリーマンの男性などが声を上げ始めた。

「それって最低じゃん」

「私もその行為は最低だと思います。お年寄りは敬うものでしょ?」

 妊婦の女性まで彼に「もう止めましょうよ、同じ日本人、同じ人間なのにいがみ合うなんて」そんな言葉を口にしていた。

 彼の周りには誰もいなかったのに、彼を取り囲むように遠巻きだった人達の距離感が縮まっていく。周りを囲む皆の勢いに押されたのか、後ずさる彼は結局走って逃げていった。それでも悔しいのか、振り返って殴る素振りをして威嚇をし続ける彼。だが、中学生の彼女の前には横一列になった10人の人間が壁になっている。皆は、言葉を発さないが彼女同様武士の目をしていた。その中には、小学生の子供までいる。

 何という友愛。感動して泣いてしまった……。

 彼も逃げ去って事が収まり、皆にお礼と感動した気持ちを述べてた俺に拍手が巻き起こった。一人一人と握手をして頭を下げた後、彼女に尋ねた。

「ねぇ、それって本物の刀じゃないの?さっき袋から出してあの男を切るのかと思ったよ」

「私って剣術の道場をやってる親の娘なんですよ。だから練習の帰りだったんですけど、これはただの木刀ですよ」

「そっか、でも偉いね。あんな怖そうなチンピラに喧嘩を売るなんて」

「喧嘩を売った訳じゃないですよ。人の道に反してることを注意しただけです」

 聞けば、彼女は中学を卒業したら単身アメリカに渡り、剣道の道場を開く夢を叶える為に皿洗いから始めようとしているんだと。俺にお礼を言い帰ろうとする彼女に話し掛けるお婆ちゃんがいる。

「さっきはありがとうね」

 喧嘩の発端になったあのお婆ちゃんだ。

「助けてくれて本当にありがとう。こんなにすっとしたのも何十年か振りです。ありがとう。ありがとう」

 泣いて彼女の前で手を合わせるお婆ちゃんに、彼女はこう答えた。

「いいえ、私の方こそ余計なことをしてご迷惑をおかけしました。お婆ちゃんの方こそ、私に感動を下さいました。だって、逃げてしまえばいいのに、こうして最後まで私のお節介を見届けて下さったじゃないですか?ありがとうございます。足は大丈夫ですか?お怪我はないですか?」

 深く頭を下げる彼女にお婆ちゃんは万弁の笑みだ。また湧き上がる拍手の音。

 彼女を送りたくなって、東横線の改札に向かう。自動改札に入る彼女にこう言った。

「日本で警察官になるのもいいんじゃない?日本でその正義を貫くのも素敵だと思うよ」

 ニッコリ笑う彼女。

「警察官になったら一緒にお祝いしてくれますか?」

 ぺろっと舌を出して不器用に敬礼をする彼女は、やっぱりあどけない。

「酒が飲める歳になったら、ネットで工藤興市を検索して連絡してよ。つーか、あと何年後かには有名人になってるからさ、その時はマネージャーに電話して」

 ピースする俺は、大物俳優のパントマイムをして彼女を笑わせる。階段を上がりかけた彼女が振り返った。

「私ルパン三世が好きなんです。特にカリオストロの城のルパンが。今日ちょっとクラリスの気分になった気がしちゃった」

 スキンのルパンじゃ映画にならないと彼女に言うと手を叩いて笑った。

「工藤さんありがとう」

 お辞儀をしてホームに続く長い階段を上がる彼女は、まるでスキップをしているように軽やかな足取りだった。



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