バスを待つ場所には、二人掛けのベンチがある。座ろうかと思っていると、荷物を持った七十歳は越えているようなお爺さんが来た。
さっと席を譲ったが、正直座っていたかった。仕事で疲れ果てていたからだ。
お爺さんは席を譲った俺に頭を下げてくれたが、座った後、暫く経って言った。
「お兄さん、疲れた顔をしてるからここに座りなさいよ」
お兄さんじゃない。俺は四十四歳だ。でも、お爺さんから見たらお兄さんなのかもしれない。
「いいですよ。俺より年上のあなたが席を譲らなくても」彼に言いながら更に「失礼かもしれませんが、そのお歳なのに年下に席を譲るなんてそうできることじゃないと思います。俺もあなたの歳になったら、疲れている人だと思ったら席を譲れるような肉体を作っていきたいと思います」とも告げた。
お爺さんの隣には若者が座っている。二十代ぐらいだろうか、金髪の男性だ。
彼はイヤホンを耳につけて音楽を聞いていたみたいだが、俺とお爺さんのやり取りが気になっていたみたいだ。目の前にいた子供をおんぶしていたお母さんに席を譲った。
どうやら、音楽を聞いていた訳ではなく、人と関わり合いを持ちたくない気分だったのかもしれない。
自分は世の中には関係ないという意思表示が、イヤホンを耳に入れることだったのだろう。
俺も若いときはそんな気分のときもあったから、何となくだが彼の気持ちを察することができた。ただ、あくまでも俺の推測でしかなかった訳だが。
「わしはもう死ぬ。あんたはこの先も生きて日本を支えていくだろ?日本を支えていく人に気遣いもできん年寄りでどうする。そう思わんか?」
俺もお爺さんの言葉に感動したが、金髪の彼も俺の後ろで順番を並んでいる人達もほっこりした表情で俺達を見てくれていた。
バスが到着した。
座席に座ったお爺さんの前に立ち話しながら帰ったが、年齢を聞いて驚いた。なんと、彼は九十歳だったのだ。
「肌艶を見たらとてもじゃないけど、九十歳には見えませんよ。七十歳ぐらいかと思いました」俺の言葉に二十歳も若く言ってくれてありがとうと微笑む彼。
「わしはな、ずっと山に籠って野菜中心の生活だった。それがよかったのかもな」
お爺さんは家族もいなく、東北で一人で生活しているらしいが、ネットで知り合った女性に会いにくる為に山を降りて東京に来たそうだ。
「その女性は何歳なんですか?」
「二十歳」
よくよく話を聞けば、二十歳の女性が農業に興味があり、彼に色々と質問していたのが始まりで、今回初めて会うことになったそうだ。
恋愛対象ではない話かと思ったがそうでもないらしい。これから彼女の家に泊まりにいくそうだ。
泊まりにいくということは、若い男女ならエッチなこともあるかもしれない。
まぁ、お爺さんだからそれはないだろうと思えば「若い子は勝負パンツというんだろ?わしもはいてきたわ」と照れて言った。
単純に九十歳で勃起するのかという疑問が生まれた。その点を囁き声で聞いてみたら、毎日朝立ちすると元気に返された。周りの視線を一斉に浴びた俺は戸惑ってしまった。
edという言葉があるぐらい、勃起不全で悩んでいる男性は多い。男にとって男性の象徴のペニスが立たないのは悲しいことだろう。九十歳で現役でいられる秘訣を聞いてみたくなった俺は、さほど混んでもいなかったので彼の隣に座った。
ヒソヒソ話で話している俺達は、周りから見たら変に映ったかもしれない。案の定、途中から乗車してきた若い女性は俺達を怪訝な目で見ていた。
それにしても、フレンドリーなお爺さんだ。初対面なのに、まるで古くからの友人に会ったみたいに接してくれる。オープンマインドな彼の人柄に惹かれてしまった。この人なら、若い女性も惹かれるのも分かるような気がする。
次で降りなければならない。彼にどうして勃起するのかだけは聞きたいと思っていた俺は、単刀直入に聞いてみた。
「その歳で勃起する秘訣ってあるんですか?」
にっこりとした彼が言う。
「山芋、オクラ、納豆、それに良質なニンニク。山菜もいいかな。肉ばっか食わずに、野菜を沢山食べなさい。生姜も生のものを擦って食べるといいよ」
バスを降りて去っていく彼を見送った。
彼が最後に言った言葉を噛み締める。
「わしはね、この歳まで縁がなくて結婚できなかった。これが最後のチャンスだと思って、彼女と契りを交わしたいと思ってるんです。これが、最後の恋なんです」
空を見上げた。
低い雲と高い雲が交差する中に、三日月が見える。その三日月が雲の中に隠れるのを見ながら思った。
――九十歳でも、恋愛したいって思うのは勃起するからだろうな。子孫を残そうと思う欲求が少なくなると、多分東京には来なかったろう。
自分の股間を見つめる。
俺もいつ死ぬか分からないけど、何歳になっても最後まで勃起したいと思った。

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