2012年5月16日。
バイトが終り自宅に帰ってくると、嫁がサンクリームを塗って欲しいから買ってきたと言う。サンクリームって何だと聞けば、日焼け止めだと言われる。

「なぁ、これをいつ塗ればいいの?」意味が分からない俺は彼女に尋ねる。「朝バイトに行く前に塗ればいいじゃん」と彼女が言うが、別に海に行くわけじゃないし、何で日焼け止めを塗らなきゃならないのか疑問に思い聞き返す。
「老化防止は寝る前にカタツムリの栄養クリームを塗ることだけじゃ防げないんだよ」そう言われても知識のない俺は理解すらできない。彼女曰く、一番の肌の天敵は紫外線だという。いくら肌のケアが完璧でも、紫外線対策をしていなかったら、老化のスピードを速めるそうだ。
先日、酔っ払って寝ようとベットに入ると、隣でカカオトークをしている彼女がカタツムリを塗ったかと尋ねてきた。めんどくさいから塗ってないと言うと、彼女が言う。
「あんたね、43歳の油肌の男性の老化を防ぐ実験をずっとしてるでしょ?それなのに一日でも肌のケアを怠ったら全てが終わりなんだよ?継続は力なりって言葉があるじゃん。中途半端に若返りたいっていう態度なら協力しないよ」
彼女は俺を睨み横を向いて寝出したが、適当に愛想笑いをして横になった。
「痛っ」
背中を押さえて悶絶してる俺を見て爆笑している彼女。半泣きで固い物体を取る俺はメガネをかけてそれを見る。


いつも寝る前に塗っている高いカタツムリの栄養クリームだ。寝ようとした俺の背中に当たるように彼女がそっと置いたのだ。
「お前な、こんなもの置いたら痛いだろ?いい加減にしろよ」
「あんたは有言実行の人間だと思ったけど、たいしたことないね。お前と17歳も歳が離れてるから若返るように努力するって言ったじゃん。できないこと言うのってよくないよ。絶対やるって言われたら、期待しちゃうでしょ?違う?」
彼女の目は真剣だ。確かにそうだ。俺は約束した。
「ごめん。お前の言う通りだよな。やるって言ったんだからやんないと」
俺を責めるが、やっぱり彼女は優しい。俺の顔にカタツムリを塗ってくれマッサージまでしてくれた。
現在、高麗人参エキスが入った石鹸で顔を洗う習慣もできた。そして、カタツムリを塗り、これからは日焼け止めも塗る。基本俺は他人に強制されると反発するタイプの人間だ。「てめ〜何様だよ」その考えが前提に立ち、よっぽどの信頼関係がある友達じゃないと、意見も聞かない。
「なぁ、なんでこのサンクリーム選んだの?」
俺の言葉に彼女は笑う。
「男性ってべたべたするのが嫌いじゃん。メングもそうかなって思って、これにしたの。塗った後もベタベタしないし、植物成分配合だから体にもいいしね。敏感肌な人でも使うクリームだからメングにはもってこいかなって思ったの」
彼女の顔を見ていると、やっぱり素直に従ってしまう。塗った後のことまで考えて、一番俺に合うものを選んでくれたからだ。
彼女は接客でもその人に合ったものをお勧めしているが、この前こんなことがあった。
何ヵ月も前に接客したおばさんが、彼女を目当てに地方からまた買いにきてくれたそうだ。たまたま店の外にいた彼女を見つけたおばさんは飛び上がって喜んだらしい。
「あんたを探して東京まで来たの。私のことなんて覚えてないかもしれないけど、半年前にお勧めしてくれた栄養クリームがほんとよくてね。田舎じゃ売ってないから思い切ってまた買いに来たの」
「お久しぶりです。○○さん。前に買ってくれたクリームは××だったけど、本当に肌に合いましたか?」
おばさんは名前を憶えてくれていたことだけでも驚いたそうだが、買った商品が本当に肌に合っていたのかカウンセリングした彼女の気持ちに驚いたそうだ。
真剣という言葉があるが、彼女を見ているといつもその言葉を意識する。こんなに真剣に生きている人間のお勧めのサンオイルなら塗るしかない。
これからも彼女の老化防止策を受け入れる俺がいるだろう。
そこには、真心が必ずあると信じているから。
じょんじや。
明日もアザアザファイティング!
お客さんを楽しませてあげて。
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2012年5月15日。
今日は1年目の結婚記念日だ。
嫁にこの言葉を残したい。
こんなアホな生き様の俺を面白がってくれてありがとう。お前が面白がってくれるから、俺はお前を笑わせようと一生懸命になるんだよ。俺の命の尽きる日まで、お前を笑わせるからな。
この先何年経っても、結婚記念日にはプレゼントなんていらない。貴方が生きていてくれていることが、最高のプレゼントだから。
この世に誕生してくれて本当にありがとう。
貴方の母国語で言うなら、サライヌン、ゴマヌロォ、ゴマォ。(生きていてくれてありがとう)
俺の愛は永遠だよ。
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2012年5月14日。
20年役者をしていて言ったことがない台詞がある。
「そりゃないぜ、セニョリータ」
事務所に所属しているときには色々な現場で役を演じたが、この台詞を言うことはなかった。俺が所属している劇団でもこの台詞を言ったことがない。若い子にはこの台詞を言ったとしても笑いは取れないと思うし、俺もこの台詞自体が何処から来た言葉なのかも分かっていない。昔の歌やお笑い番組などを見ての記憶からこの言葉を覚えているのかもしれないが、嫁と生活しているときにいきなりこの言葉が出てしまったことがある。
去年の夏。現在住んでいるマンションに引っ越してきたときのこと。嫁がニッセンやニトリの家具をネットで見ていた。家具を一新して買い揃えようとしていたのだ。組立式のベットやクローゼットなどを買い、その荷物を待っていると、用途の分からない物がきた。
「なぁ、これ何?」
「洗濯物カゴ」
「えらい可愛いな」
「でしょ?」と嫁は上機嫌だ。
荷物を整理していると、もう一つ同じ洗濯物カゴが出てきた。
「これって業者が間違えたんじゃないの?同じものが二つも届いてるぞ」
「二つ注文したから間違えてないよ」
子供もいるわけじゃないし、二人でいたら汚れた洗濯物もそう出ないだろう。同じものを二つも買った理由を尋ねてみると、彼女は俺の服の匂いを嗅ぎだした。
「きてるね」きてるねって何だ?「狭い部屋なのにこんなもの置くスペースなんてないだろ?」と言うとこう切り返される。
「メングと私の汚れた洗濯物は別々にするからね。だって加齢臭があって私の服につくのが嫌なんだもん」
「そりゃないぜ、セニョリータ」
「何それ」と興味もないような反応の彼女は、今日から俺の汚れた洗濯物はこっちに入れてとカゴを差し出す。自分の脇の下の匂いを嗅いで臭くないアピールをするが、苦笑される。
あの日以来、玄関近くにあるカゴを見るたびにあの夏の日を思い出す。
今日もこのカゴを見て呟いた。

「そりゃないぜ、セニョリータ」
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2012年5月13日。
風呂上りの嫁の髪を乾かすのが日課になった。さすがに毎日という訳にもいかないが、できるだけあの長い髪を乾かしてあげようと思っている。髪を乾かすのに使うのはドライヤーだ。だが家にあるドライヤーは何年も前に彼女が買ったドライヤーで古臭い。一応ドライやクールの機能はついているタイプで、風量を上げるターボ機能もついている。

今は季節的に温かくなってきたからいいけど、冬に彼女の髪を乾かしている途中はお互いすごく寒かった。彼女は肌の為に暖房は使わないと前に書いたが、基本工藤家の冬は鍋に水を入れ沸かして生活している。風呂上りに寒そうにしている彼女を見て可哀想に思い始めた髪を乾かしてあげるという行為。だがこのターボのボタンが厄介なのだ。
彼女の髪を乾かすのに15〜20分以上はかかる。その間ターボボタンを押し続けるが、早く乾かしてあげたいと思う気持ちがボタンを強く押してしまうのだ。


毎回右人差し指の血流がおかしくなる。別に新しいドライヤーを買えばそれで済む話だが、髪を乾かした後、彼女に指を見せてどれぐらい俺が頑張ったのかをアピールしているので、そのまま古いドライヤーを使っている。
ドライヤーを使いながら、小さなテーブルにある鏡を彼女の後ろから覗く。そこには気持ちよさそうな彼女の顔がある。
「ふふふ。気持ちいい」と微笑んでいる彼女の顔を見たら、この行為は止められない。
爺さん婆さんになっても、彼女の髪を乾かしてあげたい。
小さな幸せを噛み締めた日だった。
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2012年5月11日。
15時。
嫁が母の日に用意してくれたプレゼントを俺の田舎に送った。おかんは仕事中みたいで電話に出ないので、おとんに電話した。おとんも仕事中だが、電話ができるみたいで、プレゼントを送ったことを伝えると、ありがとうを何度も繰り返す。
「なぁ、おとんに送ったプレゼントじゃないが。何でそんなにありがとうばっか言うん?」
「じゃってな、うちのおばんを気遣ってくれてプレゼント送ってくれたんじゃろ?本当の親のように思ってくれとるのは嬉しいけど、じうんには国にお母さんがおるがな、本当はお母さんに色々してあげたいじゃろうにって思ったら申し訳なくてな」
「じうんの性格知っとるがな。情に厚いんじゃけ、おかんに後でこのこと伝えてや」
「分かった。おい、じうんに代われ」
言われたまま彼女に携帯を渡す。おとんと話している彼女の様子がどうもおかしい。暫くすると涙を流し始めた。おとんの声は携帯から漏れている。俺も彼女の傍で耳を傾ける。
「・・・じゃけんな、自分のお母さんは大事にせんとおえんで。わしらは本当の親じゃないけ、国のおかんの後でええわ。まず大事にするのは自分のおかんで。お金を使ってプレゼントしてくれるのは嬉しいけどな、そのお金があったら国のおかんの為に使って欲しいと思うのが本音じゃ。せっかくの気持ちをごめんな。でもな、一緒に函館行ってわしの実家見たけ知っとろ?早くにおかんが精神病になってずっとわしのことも分からんでな。自分の母親が抱きしめて名前で呼んでくれんってほんきつらかったわ。兄弟も亡くなったりして、貧乏を絵に描いたような家じゃった。じゃけんな、おかんに何かしてあげたかったっていう思いがずっとあってな。そういう過去があるからかもしれんけど、じうんには母親を特に大事にして欲しいという気持ちがあるんじゃ。わしなんかが言わんでも韓国人じゃけ、親を大事にするわな。余計なこと言った。すまんな」
やばい。おとんの悲惨な生い立ちを知っている俺には、彼の言葉が胸に突き刺さる。泣き声が彼に聞こえないように口を押えた。
「じうんのその気持ちは本当に嬉しいんじゃ。わしらをまるで自分の親のように大事にしてくれるが?その気持ちには感謝しとるんで。本当にありがとうな。ありがとう。ありがとう」
どれだけありがとうを言うんだよ。それも自分にプレゼントを送ってもらったみたいな言い方じゃん。
「おばんにはわしから言っとくけ。明日の午後に届くんじゃな?楽しみにしとるわ。ほんにありがとうな。ありがとう」
彼女の嗚咽が止まらないので、俺が携帯を奪った。
「なぁ、おとん。こっちこそありがとうな。じうんが感動して泣きょーるから、もう切るわ」
「何で泣いとるん?お前隣で臭い屁でもこいたか?」
「何でそう思うん?別に臭い屁をこいても泣かないじゃろ?」
「そんでも、泣くぐらいなことしたんじゃろ?」
「嫁が旦那のおとんと話してて、話しができんぐらいの屁をこいたら、わし体いかれとるで?病気じゃろ?」
「じゃ、何で泣くん?」
おとんは自分が俺達を感動させているのを分かっていない。とにかくまた電話すると言い電話を切った。彼女が俺に言う。
「最高のお父さんだ」
二人でしみじみと泣いた。
19時。
おかんが嫁に電話してきた。相当感動しているみたいだ。
「帰っておいで」それを繰り返して言っているおかんの声を彼女の隣で聞いていた俺は、「帰っておいで」というその言葉だけでおかんの心根を感じた。嫁を本当の娘のように思ってくれているんだろう。今日は妹の誕生日ということもあって同居している妹とも話して盛り上がった。
彼女と結婚しなかったら、こういう家族の会話の連鎖もなかっただろう。昼間には彼女のオムニともパソコンに登録しているスカイプで会話したし、今日は家族の絆を深める日になった。
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